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乳幼児期の健康診断の目的と内容

乳児期は生涯を通じて、発育の最もすみやかな時期であり、環境の変化および刺激に対する反応は充分でない。健全な発育、発達をもたらすために、養護、栄養に重点をおくほか、疾病または以上の早期発見と予防に留意する。

発育栄養状態。身体計測を行い、筋骨の発達、皮膚の緊満、皮下脂肪の発達、血色を診査する。
精神、運動機能の発達。育児環境の影響が大きいことを重視し、発育栄養状態の観察と同じく、一回の検査成績をいわゆる標準の発達と比較するにとどまらず、継時的に十町な発達をとげているか否か、いい源がよく活気に飛んでいるか否かに注意する。

疾病または異常。
発育不良  栄養の不足または過剰による身体症状 貧血 急性感染症 皮膚疾患 慢性疾患ことに結核 梅毒 トラコーマ等
先天性奇形 先天性代謝異常 中枢神経異常 聴力および視力障害 う歯

新生児期の延長として、乳児期の保健は重要である。この時期の特徴の第一は発育、発達の目覚しさである。視覚、聴覚が発達し、運動にも力が加わり、行動範囲が広くなる。生活環境は拡大され、それだけに、疾病、事故の危険も増大する。
健康診断の目的は、「乳幼児の健康診査および保健指導要領」によると、
乳幼児の保護者に対し、乳幼児の新生児期より就学時に至るまで、一貫した保健指導を行い、健全な学童、青少年育成のための基礎をつくることを重点とし、必要に応じて公衆衛生、環境衛生、学校保健、福祉等の諸施策と提携して業務を推進すること。
児童尊重の理念を高め、かつすべての乳幼児の保護者が児の健康を保持、増進する意欲をもつにいたるよう企画すること。

指導内容は小児の健康の保持、増進、身体的および精神的発育ならびに社会適応に関する指導を重点とし、個々の乳幼児の特性を考慮した具体的なものであり、家庭および地域社会の諸条件に則したものであること。とある。

疾病または異常の早期発見につとめ、異常を認めた時は医師に受診するようすすめ、適切な指導を行い、療育の指導、養育医療、育成医療、療育の給付、施設入所等遺憾なき処置を講ずること。

発育栄養状態:身体計測(体重、身長、頭囲、胸囲等)を行い、筋骨の発達、皮膚の緊満、皮下脂肪の発達、血色を診査する。
身体計測においては、1回の測定値をいわゆる標準値と比較するにとどまらず、継時的に順調な発育をとげているか否かに注意すること。

精神、運動機能の発達:育児環境の影響が大きいことを重視し、発育栄養状態の観察と同じく、一回の検査成績をいわゆる標準の発達と比較するにとどまらず、継時的に順調な発達をとげているか否か、機嫌がよく活気に富んでいるか否かに注意すること。

疾病または異常:一般身体所見のほか、特に次の疾病または異常に注意すること
① 発育不良 ②栄養の不足または過剰による身体症状 ③貧血 ④急性感染症 ⑤皮膚疾患 ⑥慢性疾患ことに結核、梅毒、トラコーマ等 ⑦先天性奇形 ⑧先天性代謝異常 ⑨中枢神経異常 ⑩ 聴力および視力障害 ⑪う歯

4ヵ月児健診 (G2a1) 身長・体重測定、小児科医の診察、栄養士の離乳食相談、育児相談を行います。
● 1歳6ヵ月児健診 (G2a2)
身長・体重測定、歯科医の診察、小児科医の診察、育児相談を行います。
● 3歳7ヵ月児健診 (G2a3)
身長・体重測定、尿検査、歯科医の診察、小児科医の診察、耳鼻科医の診察、育児相談を行います。
2 乳幼児健康診査の目的
① 疾病・異常の早期発見、早期対応
② 育児支援・健康増進
③ 成長発達の評価
④ こどもをありのまま観察して必要な支援をします。
⑤ 親が健診にきて良かったと思えるように。

乳幼児期によくかかる感染症を3つ以上あげ、その症状と予防と対処法について述べよ。
⑤ 麻疹(はしか)
麻疹は伝染病の中で発病率のもっとも高い疾患である。幼児の麻疹による死亡数は少なくないから注意しなければならない。
現在、麻疹ウィルスによるワクチン療法が開発されているが、このような能動免疫はまだ一般化の段階に至ってない。一般に行われる受動免疫は回復期患者の血清を注射すると発病を防止するか、罹患(りかん)しても軽症にすむのでこの免疫体を含む人免疫血清グロブリンの注射を行えば1ケ月位は有効である。
感染は麻疹ウイルスの飛沫(ひまつ)感染によって、患児から伝播(でんぱ)していく。伝染力は発病から、発疹の出るまで3~4日間が最も強い。潜伏期は9~11日で、他の疾患や血清注射などで延長することがある。
発病は急に発熱ではじまり、鼻カタル(粘膜の炎症)くしゃみ、咳、結膜充血涙、眼脂、時には下痢の症状を呈する(ある状態をあらわす)
発病2~3日に口膣粘膜に小さな白斑をみる、これをコプリック班といい、90~95%に出現するから、診断に重要な所見となる。
発疹は額、耳の後部から少しずつ出現して、顔面、顎部、  幹、四肢、の順に拡がって、2日間くらいで出つくす。発疹は始め粟粒大で融合する。

⑥ 風疹(三日はしか)
病原体はウィルスで、潜伏期間は2~3週間である。流行期は麻疹と同様春に多く、よく軽い麻疹と間違って考えられ、麻疹を2回罹患したように思われている。3~12歳に罹り、2回罹ることはまずない。前駆期はあまり症状はないが、微熱等のあるものもある。軽い発熱と同時に淡紅色の発疹が耳の後部、額、鼻、頬部に現れ顔に拡がり頸、 幹、四肢にでるが、大体1~2日で消失し、後は何も残らず、カタル症状も、コプリック班もない。
⑦ 突発性発疹症
ウィルスによるもので4歳以下の幼児、特に12カ月頃が最も罹患しやすい。突然39~40度Cの高熱が3日間位続き、すみやかに解熱する。解熱と同時にまたら数時間から1日位して全身パラパラと麻疹のような発疹があらわれる。
発疹は麻疹より小さく散在し、2~3日で消失し、色素沈着、落屑(らくせつ)は残らない。
⑧ 水ぼうそう
2~10歳の幼児、学童に好発するウィルス疾患で、潜伏期は14~17日である。麻疹と同様感染力の強い疾患で、接触および飛沫感染で最強感染期は発疹初期である。前駆期は短いか殆どなく、多くは軽度の発熱と共に全身に散在性に特に 幹に多く末端に少ない小紅色発疹があらわれる。この発疹はやがで丘疹、水疱形成、かさぶた形成を経て瘢痕を残さないで治癒する。


乳幼児期の発達の特性と影響する因子について述べよ
小児はそれぞれ個体差をもちながら、発育という動きの上を歩いているのであるから、生理的、病理的現象も、また健康な状態と病的な状態との境界も、はっきりしない場合が多く、形態の発育と機能の発達の不一致、体内の各機能の不均衝、体質傾向のちがいなど著しく、病気の診断、予後の判定なども複雑である。ことに内分泌に関するもの、先天性異常に関するもの、体質の問題、免疫、伝染病に対する反応など成人と大きい違いをもち、特に栄養の問題は小児の保健にとって極めて重要な部位を占めてくる。

生理的現象にもとづいた感覚、運動から、次第に知覚、運動の総合、知情意、人格の形成など、複雑な精神作用へと発達していく小児は、当然、成人と違った取り扱いの必要が生じてくる。小児は成人とは医学的にも、社会的にも異なっており、聖人と全く違った年齢的差異という因子を特に考慮しなければならない。
身体発達は遺伝的素質と環境によって影響するものであることは周知の事実である。身体発達において遺伝と環境のどちらが重要な要因であるかは、身体の各部によっても違うし、未だ充分明らかでない。

身体の発達が遺伝によって規定されていることはいうまでもない。しかし遺伝のみならず、内分泌、栄養、運動、睡眠、季節、地域などの自然環境、さらに社会的、文化的環境などの影響を受けるものである。
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乳幼児期の身体の発育、全身運動の発達、社会性の発達

出生したばかりの日本人の新生児の身長は50cm(男児50.2 女児 49.7)前後である。
出生後1年間の成長度が特に大きく、1年で出生時の約半分、24~25cm増加して75~76cm
となる。その後3年までは毎年7~10cmまたその後は6cm程度の伸長が認められる。4.5年~5年で出生時の約2倍に14~15年で約3倍になる。

体重
出生時の体重は約3kg(男児3.2kg 女児 3.1kg)である。出生時体重はかなり個人差があり、性別、人種、遺伝、母体の年齢、出生順位、母体の健康度、栄養などが影響する。
一年後に出生時体重の約3倍となり急速に発達する。5年で5倍強、7年で7倍、12年で12倍になる。

生後月年齢 出生時 4ヶ月 1年 3年 5年 7年 9年 11年 13年 成人
出生時体重の倍数 1 2 3 4 5 7 9 11 14 20
体重 3 6 9 12 15 21 27 33 42 60

胸囲
出生時の胸囲は男子32.8cm女子32.6cmである。2年半で約50cm5年で男児54.9cm女児53.5cmとなる。新生児では胸囲は身長の1/2に7cmを加えた値であり、6~8年では身長の1/2が胸囲と等しくなる。
出生時には頭囲は胸囲より大きいが、1年頃には両者がほぼ等しくなる。2年以降は胸囲は頭囲よりも大きい。

座高
新生児の座高は約33cm(男児33.1cm 女児32.7cm)で5年で出生時の約1.5倍に、8年で約2倍となる。

運動機能の発達

出生後は、殆ど反射的な運動に限られているが、3ヶ月頃から神経系の発育に伴い、次第に共同的な動作による合目的な運動がみられるようになる。
3、4ケ月で首がすわり 腹ばいで頭を上げるようになる
6ヶ月 おすわり 寝返り
9ケ月 つかまり立ち 這う
11、12ヶ月で独り立ち
11、12ケ月で独り立ち 
15ヶ月で一人歩き
2年 走る ひき脚で階段を昇る
3年 片脚立ち 手すりにつかまり歩行動作で階段を昇る
4年 片足とび 手放しで階段を昇る
5年 爪先立ち スキップ
6年 片脚立ち なわとび
7年 一直線上を歩く 石蹴り

社会性の発達
生後3から4週間で人の声と他の物音を区別して反応し、生後2ヶ月であやす人の声によって笑う反応を示す。
5~7ヶ月頃から、他人の表情を理解し、人見知りをする。8~10ヶ月頃から他人の衣服や髪の毛などをひっぱったり、動作や言葉をまねたりして他の人との接触を求め始める。
1歳頃から第一反抗期がはじまる。4歳を過ぎると社会性も発達してくるので、成人の要求を受け入れるようになり、余り反抗しなくなり、友人ともよく遊び集団行動もよくできるようになる。
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ピアジェの「同化」と「調整」 保育園

幼児は誰に教わることもなく母親のかたりかけを聞き言葉を認識し、やがて日本語をしゃべるようになる。幼稚園に入園をすると他の園児と自分を常に比較し、足並みを揃えようとしたり、同じものを所持しようとする。自分の家族を認識し、他の園児の両親を認識し、兄弟関係を認識し、自分に名前があることや他の園児にも名前があり、各々が違う存在であることを認識する。そして、「なぜ自分は兄弟がいない?」「なぜ自分はマンションにすみ、一戸建ての家に住む人がいるのか」自分は何人家族で、友人達は何人家族であるかに興味も持ち、自分は男であること、女である事を認識していく。

ピアジェの思想の根本には、生物はみな発達する傾向をもち、環境の影響によって必要と不要になる器官は発達・退化し、その変化が遺伝とともに進化の要因をつくると説いた。人間は、外 界の事物を認知してそれに適応してゆく能力を発達させる。それは感覚器官により知覚する段階から、事物の現象をもとに認知する段階、事物と自己との関係を もとにして認知する段階、そして事物が存在しなくても想像力によって認知する段階へと到達してゆく。

幼児に2つの粘土のかたまりを見せ、量が同じであることを確認する。その後、一方の粘土を幼児の見ている前で細長く変形して、どちらの粘土が多いかを尋ねる。するとしばしばいずれか一方が 量が多いと答える。

ピ アジェは人間の認識の枠組みをシェマと呼んだ。外界からの刺激はその枠組みに合わせて認識される(同化)。しかしそのシェマを変化させないと認識できない刺激に対したときはシェマを変化させる(調節)。ピアジェは幼児では同化と調節を繰り返しながら安定した外界の認識を次の段階のさらに安定した認識に発達 させる(均衡化)と考えた。

保存課題に失敗する幼児は、象徴的で直感的な思考を行う段階(前操作期)におり、ついで具体的な対象に対しては論理的に思考できる段階(具体的操作期)に進むとされた。ピアジェはこのように、人間の認識を段階的に発達するものととらえた。出生直後の自己と他者が未分化な状態(感覚運動期)から出発し、前操作期・具体的操作期を経て、抽象的な対象に対しても論理的な思考ができる段階(形式的操作期)に達するとされたのである。(道又他,2003)

 ピアジェは、認知発達は、感覚運動期(0~1歳半)、前操作期(2~6、7歳)具体的操作期(7~11歳)形式的操作期(11、12歳 以降)という順序の発達段階をたどると考えた。各段階を特徴づけている心的構造(思考の様式)は、相互に質的に異なっているだけでなく、種種の内容を超えて適用される領域一般的な性質を持ったものである、と考えられてきた。したがって、たとえば前操作期にいる幼児は、具体的操作期や形式的操作期にいる子どもや大人とちがって、数、量、分類、その他どの内容にたいしても、見かけにとらわれ本質を把握できないことが多いとされた。言い換えれば、ここでは子ども と大人は、知的に根本的に異なる存在とみなされていたのである。(波多野,1996)

(1) 感覚運動的段階(0~2歳)(sensor motor period)

おもちゃの奪い合いやお友達との衝突などにみられるように 感覚運動期は、自己と物、自己と他者が未分化な唯我論的心性から出発し、自分自身が対象物のひとつであって物理法則に従うものとして位置づけられるようになるまでの段階といえる。言語による表象的思考に先立って、手で物を扱ったり、自分の身体の位置を移動させることなどによる、感覚運動知能の発達が認 められる時期である、

(2) 前操作的段階(2~7歳)(preoperational period)

    感覚運動期とは異なり、心像や言語などによる表象的思考が可能になっているが、可逆性をもった操作的思考には至っていない。すなわち、思考は非可逆的であり、視点の変換ができないという特徴をもつとされる。

(2) 具体的操作(7~15歳)(concrete-operational period)

この頃になると子供にうそは通用しなくなる。作り話ですんでいた質疑応答も、子供が納得する内容でなければ「うそでしょう。だって・・」と言うようになる。



   具体的場面や実際的課題における対象について、見かけに左右されない論理的思考が可能になってくる。これは、それまでばらばらだった心内活動が1つのまとまった構造によって体制化されるからである。

(4) 形式的操作(11~15歳)(formal-operational period)

   形式的操作(formal operation)つまり具体物や実際的場面を離れ、命題のみで推論する論理的思考が可能となる。

 私が出産と育児を通して我が子から学んだ一番大きな事は、我が子が生まれたときにわからなかった事柄をどうやって学んでいくのかを実際に私の目で見届けて、今の自分の人生に記憶が欠けている幼年期をいかに過ごして大人になったかを知ってはじめて自分の人生が完了するのだという事です。  
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情意に基礎をおく学習指導  保育園

人間中心の教育でめざされた人間像は、情意と認知、感情と知性の統合をめざした「全体的人格」、「自己実現的人間」の発達ということであった。情意に基礎をおく人間中心カリキュラム(humanistic curriculum)が 唱道され、その視点から学習のとらえ直しをはかろうとするものである。

情意的側面と認知的側面を統合した人格が語られる背景には、系統・構造重視のもとでの感情と知性、情緒と思考の分裂という問題があったからにほかならない。

したがって、自己実現的人格をめざす学習指導には、①人間は思考的存在であるのみならず、同時に感情的な存在であること、②感情から分離された知性は空虚であり、無意味であること、などの考え方が潜在しているのである。

子どもは、活動する場合に思考し、感情をもち、知覚し、判断をくだす全体的な人格になるといえる。

人間中心カリキュラムに基づく教育は知的能力だけでなく、人間能力の全範囲の発達を目標とするものであった。この目標にしたがって、1970年代のカリキュラムとしてNEA(全米教育協会)は、「並行カリキュラム」(parallel curriculum)を提案していることに注目しなければならない。

提案された並行カリキュラムは、概略つぎのようである。

a カリキュラムⅠ-「学問中心カリキュラ ム」。人間中心カリキュラムは、学問(教科)中心が追究した知的水準の高さは教育 にとって当然のものとして継承する。しか し、学問的優秀性のみが教育の全体ではな い。そして、この教科の学習にあたっては、「おもしろく」、かつ「意味深く」教え るように要請されている。

b カリキュラムⅡ-「社会的実験のカリキ ュラム」。戦争と平和、人種差別、経済的貧困、環境汚染等、子どもの社会生活と密 接に関連した生々しい現実の問題を題材と するカリキュラムである。人間であること の社会的側面を扱うといってもよい。これらの問題の学習は、子どもに生き生きとし た知的興味を喚起すると考えられる。

c カリキュラムⅢ-「自覚(self-awareness)または自己実現(self-realization) のカリキュラム」。人間の内面的領域にお ける自己実現、自覚、覚醒に関連して、人 間存在への探究をよびさます教育への志向である。人間であることの個人的側面を扱 う。

(3) 「ゆとりと充実」の学習指導論的観点

アメリカの動向とまさに軌を一にして、わが国の学習指導の問題が大きくクローズアップされた。1977・78年の学習指導要領は、「 豊かな人間性の育成」、「ゆとりのある充実した学校生活」というキャッチフレーズのもとに、落ちこぼれ、受験競争の激化、学力の不振と停滞、非行の増大、心身の健康のゆがみ等、深刻化する教育荒廃への対応姿勢を示したのである。

まず、「人間性豊かな児童生徒の育成」を強調することによって、従来の知識(学問)主義へ傾斜した学校教育を質的に変換し、知育・徳育・体育の調和のとれた人間形成をめざすこととなった。さまざまな問題や矛盾に満ちている教育状況にあって、いま一度、教育の「原点」にたちかえって、「人間中心」による学校の改革を意図しようとしたもの、と解せられよう。子どもの主体性を基礎としつつ、創造的知性、意志力、自律的精神、情操、身体的能力などの人間的資質のトータルな発達が、期待されたのである。

つぎに、「ゆとりのあるしかも充実した学校生活」を実現するために、授業時間の1割削減、教育内容 の2~3割程度の削減によって生ずる学校裁量の自由時間、いわゆる「ゆとりの時間」(週2~4時間程度)の設置は、学習指導要領改訂の主要な眼目とされた。「ゆとりと充実」も、当然のことながら、「豊かな人間性の育成」という目的に即するものでなければならないであろう。

しかし、その現実はどうであろうか。「ゆとりと充実」と、学習指導との関係はきわめて希薄であり、 定型的で形骸化されてとらえられていることはなかったであろうか。結論的に言えば、「ゆとりと充実」をスローガンとして教育活動が展開されたのであるが、いつしか「ゆとり」の側面だけが論議の対象とされ、「充実」の側面はやや軽視されがちになってしまったことである。

すなわち、ゆとりが独走してしまったといえよう。ゆとりは本来、目的ではなく、あくまでも手段であ ることに留意すべきなのである。「ゆとり」は、量的に考えるものではなく、質が重要である。「ゆとりと充実」のある教育は、なによりも日常の授業の質的改善が大前提であることを確認すべきであろう。

ゆとりある教育即人間性育成の教育である、として短絡的に関連づける風潮のあったことは憂慮されなければならない。
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ブルーナーの「学問の構造化」論 保育園

1960年代以降は、 「教育の現代化」が主流を占めるようになった。教育の現代化は、教育内容の現代化、あるいは教育内容の現代科学化ともいわれており、学問の急速な発達に対して、学校教育の内容が立ち遅れている状態を克服するところにねらいがあった。その基本動向にそって、1968・69年の学習指導要領が改訂されたのであ る。そして、教育の現代化のなかで、とりわけクローズアップされた概念は「構造」であった。

つまり、「教科の構造」をメイン・テーマとする現代化運動や学問中心カリキュラム(discipline-centered curriculum)が、世界的に脚光を浴びて展開されたのである。ブルーナー(Bruner,J.S.)の「教育の現代化のバイブル」として称揚された『教育の過程』が広く読まれ、その理論的支柱となってわが国に「ブルーナー旋風」を巻きおこしたのは、この頃である。

彼は知識の構造化と発見学習を提唱し、既知をバネにして未知を切り開いていく学習指導を強調したことで、有名である。

デュー イが、わが国の戦後教育の展開に最大の理論的影響を与えたのに対して、戦後教育の克服形態としての教育に示唆深い問題提起をおこなったのは、ブルーナーであろう。彼は、学校は学問を学ぶ場所であって、社会生活をするところではないという思想をもっていた。この点、進歩主義教育の理論的指導者であったデュー イへの果敢なチャレンジといえる。そして、学問を学ぶにあたって、その根底にある「構造」を学ぶことの重要性を指摘して、わが国において注目を浴びたので ある。

ところが、彼は「構造」とは何かについて、必ずしも明確にしていないのであるが、各教科を構成する「基本的な観念」(basic ideas)と考えてよいであろう。たとえば、代 数学における交換・配分・結合法則や物理学における保存の原理、文学における悲劇性の観念などが、これである。

構 造を理解することは、爆発的な知識量の単純化の手段であり、既知を基盤として未知を切り開いていく際の、有力な武器になると考えられる。情報化社会において、表面的で雑多の知識を与えても意味がない。より深く、より根底にある観念を理解させるようにしなければならない、とブルーナーは主張する。

さらに、彼は「大胆なブルーナー仮説」、すなわち「どの教科でも、知的性格をそのままにたもって、発達のどの段階のどの子どもにも効果的に教えることができる」というレディネス観をつくりだした。

こうして彼は、従来の経験主義的カリキュラムを抜本的に改造し、最初の段階から子どもにも理解することのできる教材に基づいて、最高度に発達した現代科学を分析して、その科学を構成している基本的観念や原理を導入した科学の構造化をめざしたのである。

ブ ルーナーの構造化論は、全面的かつ広範にとり入れられ、実践に移された。しかし、実際にはこうした考え方や実践は、その本質とは裏腹に主として知的認識の次元にとどまって、子どもの生活、行動、経験における感性的・現実的内容にまで具体化することが少なかった

学習指導の結果は、ブルーナーの「教科の構造を強調するよい教授は、才能に恵まれた生徒よりも、あまり有能でない生徒にとってこそ価値があるのではないだろうか」という主張に反し、知的エリート向きであるという指摘がなされた

高度で過密な教科内容と急ぎ足の授業展開、これらの要因が競合することによって、授業についていけない「落ちこぼれ」の子どもが増大し、教育荒廃の元凶として厳しく批判されるようになった。

こうした学習指導論の欠陥やいきすぎの反省として1970年以降、人間をそのトータリティとして把握する教育の人間化、人間的なカリキュラムによる教育を志向する学習指導が求められていくのである。

また、1971年には、ブルーナー自身が「教育の過程・再考」という論文で、自己批判をしたことも忘れてはならない。

彼は子どもに興味と主導性の真の意味を回復し、子どもを活動主体とするためには、学問的知識の構造的組織以上に、子どもの本性、興味、要求、関心、動機が尊重されなければならない、と主張したからである。

成熟と学習は相互的に作用しあい、レディネスは一方的に成熟に規定されるのでなく、固定的なものでなく、積極的に教材や教授法を用意して、「レディネスそのものを形成し得るというものである。

ブルーナーは、その著「教育の過程」の中で、「どの教科でも、知的性格をそのままに保って、発達のどの段階の子供にも効果的に教えることができる」と述べている。つまり小学一年生ではこの過程まで漢字が読めればよいとか、因数分解や方程式は、中学一年から学習するとよいといった「待ちの教育」つまりレディネス成立を待って学習指導をする従来のやり方ではなく、これまで中学生の学習内容であったものを小学生にも理解できるような教材、指導法を考案、実施するといった「攻めの教育」へ移行しつつある。

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